リレー801SS「学園天国」Part2

第六章: 廃校舎

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理事長室

通称「蝋人形の館」―そこは、私立テキスト学園の聖域の一つであった。幾つもの電子ロックや防犯設備に守られたその部屋は、生徒はもちろん教師ですら入室は許されない。そこに立ち入る事ができるのはごく一部の選ばれた人間だけだった。


「ふう…全く…最近どうにも頭の痛いことばかりだな…」


覇者りん理事長は、今日何度目になるか分からないため息をついた。机から鎮静剤を取り出し、水をグラスに満たす―。その時である。絶対に開くはずのないドアが開き、何ものかが部屋に入り込んできた。


「…!!だ、誰だ!」


部屋にゆっくりと侵入してきたのは…まるで化け物だった。体中に包帯を巻き、足を引きずりながら侵入して来た巨大な生き物に、しかし理事長は見覚えがあった。


「な?け、警備部長…?」


そう。その男は確かに春九堂警備部長だった。おかしい。警備部長ふぜいが理事長室に入る事など許されるはずがない。そもそもこの男は重傷を負い、とても動ける状態ではないはず。だが…そんな疑問以上に春九堂は様子がおかしかった。口から涎を垂らし、目の周りに真っ黒なクマを作り、そして何よりもその瞳…まるで血のような紅色に染まったその瞳からは生気が失われ、どこを見ているのか、いやそもそもその瞳に目の前の情景は写し出されているのかすら怪しかった。


「ヴ…ヴ…ヴァ…ニ…ドコ…ド…コ…?…」


何かを呟きつつ部屋を徘徊するその生き物は、既に人と呼べる知性を備えているとは思えなかった。獣、いや凶暴な珍獣と化した春九堂は、まるで何かを…そう、大切な人を探し求めるように蠢き…やがて、獲物とおぼしき影を部屋の隅に捕らえた。


「ヴァ…ヴ…ヴヴ…?ヴァ…?」


「ひっ!」


生気の無い瞳に見竦められ、覇者りん理事長は凍り付いた。


「ヴァニ…キ…?ヴァ…ヴァヴァ…ア、ニキ…?」


「や、やめ・・・我輩は理事長だ!」


「ヴァ…ァニ…グィィィィィィィ!!!!」


それは正に野生動物の動きだった。工夫も何もない。本能のままに両腕を広げ、巨体を空に踊らせて覇者りん理事長に飛びかかった。理事長もすかさず身をかわすが、あまりの早さにかわし切れない。肩の棘が吹き飛ばされ、スーツがまるで紙のように引きちぎられた。そしてその勢いのまま珍獣は壁に激突した。


「う、うわあああああああっ!」


何が起きているのかも分からないが、とにかくここは危険だ。慌てて春九堂に背を向けて逃げようとする覇者りん理事長。しかし―珍獣は素早かった。身体を起こし、逃げようとしている獲物の姿を確認するやいなや、再び両腕を広げて背後から飛びかかった。


「ヴァ…!アニ…キィィィィィィィ!」


あれだけの勢いで壁に突っ込んだのだ、春九堂の身体も無事であるはずが無い。元々包帯に包まれていた腕はおかしな方向に曲がり、傷が開いたのであろう肩からは血が吹き出していた。だが珍獣は血まみれになっている己の腕の痛みなど微塵も感じていないようだった。そして…理事長は遂に捕らえられた。


「ぐはあっ!」


背後から巨大な山にのしかかられ苦痛の叫び声をあげる理事長。足をばたつかせ必死に逃れようとするが、春九堂の巨体を動かす事すらできない。


「だ、誰か!誰か来てくれ!」


すると…その声に答えるように扉が開き、男が入って来た。だが、今度の男は覇者りん理事長の見覚えのない男だった。ただ唯一、その男の胸に輝く紋章。MCNと書かれた紋章が、この男が何ものなのかを十分に物語っていた。そうか、そういうことか。MCNメンバーであればこの理事長室に入る事など容易い。


「キ、キサマな・・・な、なぜキサマがッ!」


その質問には答えず、ゴトウは口を開いた。


「理事長。MCNの掟は分かっているはずですよね…?」


掟。その言葉を耳にして覇者りん理事長は、春九堂にのしかかられ熱くなっているはずの背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


「生徒の管理不足…隠し部屋の露見…それら不祥事の報告義務を怠るどころか、隠蔽工作の跡すら見られますね」


「そっ、それは…!!!」


「こんな事では、理事長のMCNに対する忠誠心を疑われてもやむをえないでしょう」


甘かった。半年。あと半年誤魔化せればどうにかなると思っていた。そうすれば何喰わぬ顔で復権ができると…。


「ま、待ってくれ!違う!ほ、報告はしようと思っていたんだ!我輩は!」


しかしゴトウは相変わらず理事長の言葉を聞くつもりは無いようだった。理事長に歩み寄ると、最後の説明とばかりにポケットから何かを取り出し、理事長の前に放り投げた。


「…?」


それは何の変哲もない薬の小瓶であった。…しかし、その瓶に書かれている文字を読み、理事長は目を見開いた。


「ハァッ!そんな、エ、エクスカリバーをおおおお!」


『エクスカリバー』―『王の剣』と名付けられたこの液体は…覇者りん理事長も話に聞いた事しかなかったが…洗脳用の麻薬であった。これを注入された者は意識を、知性を失う。その後に特別な方法で暗示をかけることにより自由に(そう、まさに王の言葉に盲目的に従う騎士のように)扱う事ができる。そして騎士はその目的を果たすことにより、脳内に大量のエンドルフィンを発生させ快感のうちに死を迎えるという。まさか、まさかこの薬を春九堂に…


理事長の叫び声と、それに続く絶望的な表情を楽しんだゴトウは、今度はいかにも哀しそうな顔をして呟き始めた。


「この男も哀れな男です。やむをえずとは言え愛した男を裏切る事になり、更にはその裏切ってしまった男の手によって重体を負わされ…」


「な、何を言っている?我輩の知った事ではない!」


「性根の優しいこの男には、この学園の現実は辛すぎるのですよ…。ならば最後に素敵な夢を見させてやる事が、我々にできるせめてもの罪滅ぼしだとは思いませんか?」


「ア…アニ…ギ…ミツ…ケタ…アニ…」


さんざん傷付いた後にようやく見つけることができた大切なヒト。深紅に染まった瞳から喜びの涙を流しながら、その珍獣の下腹部では巨大な一物が猛々しくそそり立っていた。血管を浮きだたせ、見るからに恐るべき力を秘めたそれは、既に先端から透明な液をだらしなく溢れさせ、淫媚に光り輝いていた。


「アニ…ハナ…サナ…サナイ…ズット…イッショ…」


「や、やめろっ!違うっ!ちが…」


犯される。いや、殺される。逃げようにも腰が抜けて力が入らない。単なる警備部長でしかなかったこの男に、使い勝手の良い番犬程度にしか思っていなかったこんな男に恐怖を感じるなんて…。

テキスト学園の理事長にまで登り詰めた男は、まるで初体験を迎える処女のように脅えきっていた。力無くもがきつつ、恥も外聞も捨てて悲痛な叫び声をあげるだけで精一杯だった。


「よせっ、我輩はかん、かんけ…あああああああああああああああ!」




★☆★☆★





その頃―理事長室に向かっていたワタナベとヤマグチは、廊下に響き渡る悲鳴を聞いて顔を見合わせた。


「ワタナベ!」


「ヤマグチ!急げ!」


理事長室に向かって走り出す二人。廊下奥の学園理事長室、その半開きになっていたドアをぶち破る勢いで部屋の中に駆け込んだ。


「り、理事長!」


「春九堂さん!」


目の前で繰り広げられている異様な光景に、二人は一瞬息を飲んだ。


「おやおや。もう来てしまったか」


ゴトウは名残惜しそうな顔をすると、呆然と立ち尽くす2人の間をすり抜けて部屋の外に飛び出した。


「ま、待てっ!」


一瞬早くそれに反応したのはヤマグチだった。ゴトウの後を追い、部屋を飛び出す。


「ヤマグチ待てっ!深追いするなっ!」


背後にワタナベの声を受けつつ、ヤマグチの足は止まらなかった。今まで何もできなかった焦りがそうさせたのかもしれない。ようやく、ようやく手がかりを掴める。この学園に何が起きているのか。自分が何をすれば良いのかがはっきりする。


ゴトウの後を追って、ヤマグチは校舎の裏の森に入り込んだ。普段は人の近寄らないような場所…いかにも何か秘密が隠されているような…。


「くそっ…見失ったか…」


諦め切れずに、森の中を徘徊するヤマグチ。どこをどう歩いただろう、突然森が開けて見なれない巨大な建物が姿を表した。


これは…廃校舎?


噂には聞いた事があった。この広大なテキスト学園の私有林の中に、今では使われなくなった旧校舎があるという話を。建築物の傷みが激しく、いつ崩れ落ちるかも分からないので誰も近付く事すらできないまま朽ちてゆくのを待つだけの校舎があると…


既に無くなっているはずの校舎なので、地図からもデータからも削除されていたのだ。なんてこった。身を隠すのには最適じゃないか。恐らくここにさっきの男が…


突入を決意して校舎を見上げた瞬間、ヤマグチは後頭部に強い衝撃を感じ、そのまま意識を失っていった。薄れゆく意識の中で、先程の男の声が頭の中で響いていた。


「若いだけに勢いはあるが…。まだまだそんな事では壁サークルには並べないな…」




★☆★☆★





どれくらいの時間が経ったのだろう。ヤマグチは首筋に激痛を感じて目を醒ました。


「う、うう…っ!ゴ、ゴホゴホっ!」


相当な力で殴られたようだ。一瞬呼吸困難になり咳き込んだ後、ようやく周りを見渡す事ができた。


「う…こ、ここは…?」


…どうやらここはさっきの旧校舎の中らしい。汚れた壁、誇りっぽい床、カビ臭い空気。


「お目覚めですか?ヤマグチ君」


あらぬ方向から声をかけられ、ヤマグチは跳ね起きようとした。途端に首筋に痛みが走る。


「ぐ、ぐああっ!」


「いけませんよ…急に動いては…」


「お、お前は…!MCNの…」


「ゴトウです」


「く、くそっ!こいつ」


ヤマグチは起き上がり、ゴトウに飛びかかろうとした…が、身体が言う事を聞かなかった。


腕が何かに押さえ付けられたようにピクリとも動かない。いや、腕だけではない。足も、腰すらまともに動かせない…。その時初めてヤマグチは、自分の身体が、腕が、足が、荒縄で縛り付けられている事を理解した。


「な、なんだこれは…」


「君は少々生きが良すぎるようなので…。申し訳ありません」


「く、くそっ!解け!」


その言葉を無視して、ゴトウは不似合いに明るく楽しげな声を上げた。


「それにしても…貴方が制服を着ていて良かった」


「な、なに?」


「制服でなければ…貴方にも薬を使ってしまうところでしたよ。良かった。いや本当に良かった…」


ゴトウはそう呟きながらヤマグチに近寄ると、今までで一番真剣な顔をしながら、ヤマグチの着ている純白の制服の胸元に手をかけ、上から順にボタンを外し始めた。


「な、何をする!」


まるで大切な宝物を扱うように丁寧にボタンを外してゆくゴトウ。上から3つめまで、ちょうどみぞおちが露になるあたりまでボタンを外した地点で手を止めた。そして上半身を後ろに引き、まるで画家がモチーフを見定めるかのように目を細めた。


「うむ…これくらいかな」


「くっ!」


しかしゴトウの指はそれで止まらなかった。念のためといった感じで再度制服に手をかけ4つめのボタンを外し、またしても目を細めてヤマグチの痴態を見定める。


「4つは…いややはり3つだな」


目を細めたまま真剣な顔をして、自らに言い聞かせるように呟く。どうやらボタン4つは外し過ぎという結論に達したようだ。制服に手を伸ばし4つめのボタンをかけ直すと、ようやく安心したような、満足げな顔を見せた。


「く、くそっ…」


敵の思うがまま、玩具のように扱われて屈辱の声を漏らすヤマグチ。しかし両腕は後ろ手に堅く縛り付けられてどうすることもできない。


「さて…」


制服の上部分を左右に広げ、露になった肉体にゴトウが顔を寄せる。まるで値踏みをするようないやらしい視線でヤマグチの胸元を視姦していく。


「ほう。細いばかりだと思っていたが、以外と筋肉質なんだな。…それはワタナベの好みか?」


「う、うるさい!お前には関係ない!」


非常事態だというのに顔が赤くなった。まるでワタナベとの行為を見透かされているようで…


「クク…」


ゴトウは楽しそうに笑うと、更にヤマグチの胸元に顔を近付け、舌を伸ばしてきた。その舌はまるで蛇が獲物を捕らえようとするかのごとく滑らかに動き…ヤマグチのみぞおちのあたりに標的を定めた。


「な、何を…!やっ!やめろっ!」


ゴトウが何をしようとしているかを察し、ヤマグチは怒声をあげる。しかしゴトウはまるでその声すらも楽しむかのように顔を近付け…みぞおちに舌を這わせてきた。


ぺろっ…


「う、うああああああああああっ!」


その感触に思わず大声をあげるヤマグチ。その振動が胸を伝ってゴトウの舌にまでビリビリと響いてくる。ゴトウは満足げな顔をすると、その舌をみぞおちから首の方までゆっくりと…味わうように…舐め上げていった。ヤマグチの身体にヌラヌラとした唾液の跡がついていく。


「あああっ!うあああああああっ!」


あまりの気色悪さにヤマグチは身体をよじろうとした。だが、堅く縛られている身体はろくに動かず、なされるがままにうなじまで舐め上げられてしまう。


「ふふ…やはり若いな…青臭い味だ…」


「き、貴様…!こ、殺してやる!」


ヤマグチは、ゴトウを精一杯の眼光で睨み付けた。その目には怒りの炎が灯り、憎しみに満ち溢れていた。しかしゴトウは臆する事なく、むしろ嬉しそうな顔をしてヤマグチの顔を覗き込んだ。


「そう来なくってはな…。この程度で堕ちるようでは話にならん…」


舌舐めずりをしながらヤマグチの頤を指で撫でつけるゴトウ。まるで弱々しい動物をいたわるように…しかしその瞳の中には、明らかに異常な欲望が渦巻いていた。


「く、くっ!」


その視線から逃れるようにヤマグチは顔を背けた。しかしそれこそゴトウの思うつぼだったのだ。ゴトウはヤマグチの耳に…無防備に開かれた耳に向けて…舌を伸ばしてきた。顔が接近し、生暖かい吐息がヤマグチのうなじに、耳に吹き掛けられる。



ふうっ


ぞぞぞぞぞっ


その吐息のおぞましさにヤマグチは鳥肌を立てた。しかし、気色悪さを感じる間も無く吐息とは比べ物にならないほどに熱い舌が耳の中に滑り込んで来る。


れろ…


「うあ、うああああああああああっ!」


ゴトウは巧みに舌をすぼめたり伸ばしたりしながらヤマグチの耳をいたぶった。


「やめろ!やめろこの野郎っ!やめてくれえっ!」



気が狂いそうだった。自分の身体はワタナベの物だという誇りが、喜びがあった。ワタナベの為に常に自分を磨いておきたかった。磨く必要があった。やめてくれ。俺は、俺は汚されてしまうわけにはいかないんだ。ワタナベの為に、あいつの横に居ても良いように。あいつと何処までも一緒に居られるように俺は…


そんなヤマグチの心の中を見透かしているかのように、ゴトウは楽しげに何度も生暖かい吐息を吹き掛ける。


ふうっ


「ああっ!あっ!あがあああっ!」


目を堅くつむり、小刻みに震わせて耐えるヤマグチの耳に口を寄せ、ゴトウは小声で、しかし重厚な声で囁いた。


「そうだ…もっと抗って…拒むがいい…」


「うっ、ううっ、くうっ」


「拒めば拒むほど…拭えない傷跡は…大きくなっていくんだ…」


ゴトウの手に力が入る。いつの間にかヤマグチの胸に爪を立て、ギリギリと掴み上げていた。


「ううっ、うっ!あああああっ…!!!」


ヤマグチの白い肌にゴトウの爪が埋もれ、まるで楔のように赤い痣を刻んでいく。ヤマグチはもはや悪態をつくこともできず、苦痛とそして…認めるわけにはいかない快楽に…顔を歪めて耐えるしか無かった。




★☆★☆★





その様子の一部始終をモニターで見ていたみずはは、満足げな顔をしてグラスを傾けた。


「ふふふ…これでワタナベは完全に孤立する…ククク…」


その時だった。ゴトウとヤマグチを写していたモニターの画像が乱れたと思ったら、突然砂嵐が画面を覆った。


「ん…?な、何だ?くそっ!大事な時に!」


慌てて機械をいじるみずは。しかし砂嵐は止まる事はなかった。連絡用マイクに叫ぶ


「兄貴!兄貴っ!どこにいるんだ!モニターが壊れたぞ!何とかしろっ!」


だが、兄貴からの反応は無い。


「く、くそっ!くそおっ!」


半狂乱になってモニターを叩くみずは。マイクのスイッチを切り替えると、また絶叫した。


「ゴ、ゴトウ!ゴトウっ!そっちのカメラに異常はないか!答えろ!答えろゴトウっ!どうしたっ!何をしているっ!」




★☆★☆★





「…トウっ!…た…えろ!ゴト…」



学校の片隅。近付く者もいない、その存在すら忘れられていた廃校舎に、みずはの声が響き渡っていた。



しかし、教室で1人、後頭部から血を流し倒れている男に。



下半身を露にし、臀部にネギを突き立てられた男…ゴトウに、その声が届く事は無かった。




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